2007年06月14日

公園

近所の公園のコンクリート壁にある日、大きな文字と絵がかかれた。

野球、サッカー、ゴルフ禁止!!

ボールが飛び込んで窓ガラスを割ったとか、そんなことがあったのであろうか。
あるいは、苦情が役所に届いたのか。
しかし、公園って何なのだろう。

ゲートボールやグラウンドゴルフはいいのか。

いま、子供が遊ぶ場所がどんどん消えていっている。
唯一残された公園でキャッチボールすらできない…サッカーボールで遊ぶこともできないのでは、
どこで何をすればいいのか。

確かにチームがその場所を占拠するというのでは問題があるかもしれない。
それを意識しての文字と絵なら、もう少し書きようもあるとおもう。

そもそも住宅地に作られた公園ほど無意味な存在はない。
配達をする人のトイレにはいいかもしれないが、
草は茂りっぱなし、ブランコの下はアナに水がタマって使えません…なんて公園いくらでもある。

小さすぎるから避難所にも使えず、
遊ぶことも禁止され雑草を刈りに来るのは年に1回か2回。

無駄である!

造ればいいという問題ではないし、ヨーロッパやアメリカのように
広大な公園があって、都市に小さな緑の空間があるのとはわけが違う。
あれをもし、お役人がどこぞの国に「視察旅行」にいって持ち帰った情報の結果だとすれば
なおさら頭にくる。

今の日本、沖縄の都市部には、前を向いて遊べる場所が極端に少ないのである。
そして、芝の管理もそうである。

芝のあるグラウンドは、時折「使用禁止」となる。
その理由は「芝の養生のため」と書かれている。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。
そこで走り、ボールを蹴り、夢を追うために作ったはずの場所ではないのか。

本当にグラウンドをきちんと整備するというのなら、ただほったらかしにするのではなく、
穴があいたら砂で埋め、芝が切れたら新しい芝をそこに植える…
そのための養生ならまだ分かる。
ただ、ほったらかしと言うのは意味が分からない。

何のためにそれがあるのか。
少しは考えてはいかがか。



Posted by 家主 at 20:10│Comments(3)
この記事へのコメント
今、ゴルフ場にでも行かない限り、キレイな芝生を歩くことはないかもしれませんね。
子供の頃、芝生を裸足で走った感触というのは何十年たっても忘れないものです。
今でも時々ゴミやガラスがない芝生や砂浜で思いっきり走りたいな~と思うことがあるのは、そういう記憶があるからだろうと思います。
Posted by うずまきメリーさん at 2007年06月15日 11:58
えー・・今、那覇市内だと・・「松山公園」の芝んが刈りたてで・・良いぞ^・・・・

そーそォ商業高校テニスコート横の・・・え、覗いてなんかいないすョ、・・
女子テニス部の練習なんぞ、・・横目でチラリ程度のもんで・・・・

その公園・・とにかく人の気配の無い閑散とガラガラの穴場でやんす・・
昼は近所の幼稚園児がお散歩コース位で・・夜は高血圧気味の旦那・・んが、汗だくの赤ら顔でランニングする位・・しかみないね^・・・・

あのー・・金網越しのだだっ広い敷地の、綺麗に「トーナメントコース」ばりに刈られたアノ芝生も・・・「我が日本国の限り在る血税、」・・かと思うと・・・・

  芝の緑も何やら・・「毒、毒しい色に見えて来るから・・・」・魔可不思議・・・

しかし・・あの広大なる嘉手納基地・・んが返還時、どの政党が政権を握っているかで・・相当ーなる・・その使い道に違いが出て来るぞなョ・・・・
Posted by 芝刈り王子。 at 2007年06月15日 20:05
うちの近くに新しい公園ができました。
キレイな公園です。
遊具は私の子供の頃にあったそれとは違ってカラフルで何より安全そう。
「区費払ってて良かった、納税して良かった」と思った瞬間です。
連日ニュースで伝えられる「天下り」や「年金問題」取り上げられない日はないくらい、始めの頃は怒りを露にしたもんです
しかしそれもだんだんと麻痺してきて「あれっ、私怒らなくなった?もしかして心広くなった?」いや、違うぞそれは…
これからもステキな場所が増えるように、私達が正しい選択が出来るように世の中の“ウラ”を伝えて下さい。
Posted by サんナ at 2007年06月16日 08:56
 
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